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空の旅のはじまり(昭和3年)
GWが終わってしまい5月病になりそうな日々を過ごしていますが、皆様いかがでしょうか。今年のGWはカレンダーの並びがよく、国内外に飛行機を使って出かけた人も多かったようです。そんなわたくしも4月のGW前半に帰省がてら東京へ行っておりました。もちろん、飛行機に乗って。 日本で本格的な定期航空運輸をはじめたのは、日本航空輸送株式会社(※現在の日本航空JALとは無関係)であるとされています。昭和3年に渋沢栄一らの協力を得て官民共同で設立されました。 本の万華鏡 第5回 ようこそ、空へ―日本人の初飛行から世界一周まで―(国立国会図書館) https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/5/2.html 同社は、旅客輸送だけでなく郵便も取り扱い、記念切手が発行されるなど人々にも親しまれていたと記載があります。当時は高速道路などもなく、陸運が現代ほど発展していなかったことを考えると、郵便物や荷物が早く届くことは相当なインパクトがあったに違いありません。 この会社は、昭和13年(1938年)に大日本航空株式会社へと改組され、現在の国内外へ
拓 西島
2 日前読了時間: 2分


中継とスポーツ(昭和2年)
今年は、推しのヤクルトスワローズが調子よく、今日もネットで試合経過を見ながら完封勝利にほくそえんでいました。しかし、よくよく考えるとここ数年で実際にスタジアムまで試合を見に行ったのは数えるほどしかなく、ほとんどはテレビ観戦かネットで経過をチェックするくらいです。 昭和2年(1927年)現在の高校野球の前身にあたる全国中等学校優勝野球大会のラジオ中継が行われました。これは、日本で初めてのスポーツ中継でした。 第13回全国中等学校優勝野球大会(NHKアーカイブス) https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009060009_00000 ラジオ放送は1925年に開始されており、オペラや除夜の鐘(今の行く年くる年の前身)の中継など様々なコンテンツを作りだしていました。 中でもスポーツ中継は人気だったようで、高校野球の後に始まった東京六大学野球の中継は、同リーグ戦の認知度を広めるのに大いに役立ったとされています。そして、9年後の昭和11年にはプロ野球が始まります。おそらくラジオの存在なくしてプロスポーツは育
拓 西島
4 日前読了時間: 2分


テレビ技術がもたらしたもの(昭和元年)
昨年2025年は、昭和100年に当たる年でした。私の生まれが昭和52年ですので、ほぼ昭和の後半部分を生きてきたことになります。実際には私が小学生6年生のときに平成時代へと移行したのですが、子ども時代の昭和の記憶というのは深く心に刻まれています。 ということで、ちょっと昭和という時代を振り返ってみたいという気持ちに駆られました。とくに技術・経済・社会の面からどんな時代だったかを切り抜くことを試みたいと思います。なお、できるだけ精緻な情報収集に努めるつもりですが、一部情報ソースの不正確さにより事実誤認の可能性が完全に排除できないことを平にご容赦ください。 さて、昭和100年という切り口はテレビ番組でもよく特集が組まれていました。そのテレビの基本通信技術が日本で確立した出来事が、高柳健次郎氏の実験によりブラウン管に「イ」の文字を表示させることに成功したことに始まるとされています。 高柳健次郎(Wikiペディアより) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9F%B3%E5%81%A5%E6%AC%A1%E9
拓 西島
5 日前読了時間: 2分
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