ものの値段は誰にも決められない(昭和14年)
- 拓 西島
- 8月2日
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先日、今年の今年の最低賃金引上げ幅を全国加重平均で55円を目安とする基準が国の審議会で決定したというニュースがありました。物価が上昇するのに合わせて賃金が上昇しなければ国民の生活は立ち行かないというのが国の考え方です。
しかし、以前はこれとは全く逆の発想でモノの値段も賃金も一定金額にとどめてしまおうとする政策がとられたことがありました。それが昭和14年(1939年)に制定されたの「価格等統制令」と「賃金統制令」です。
このような政策がとられるようになった背景には、日中戦争勃発による軍需景気による物価の高騰や、特に軍事産業に関わる重工業の労働者の賃金上昇も見られるようになり、国民生活への影響や、熟練労働者の引き抜き合戦などが発生し、激しいインフレが社会に混乱をきたしていたことがあります。
また、戦争が激化するに伴い昭和13年(1938年)に制定された「国家総動員法」により、「国の全力を最も有効に発揮せしむる様人的及物的資源を統制運用する」ためにインフレによる混乱を抑えることにありました。
しかし、実際の市場においては、制度の抜け道を使い価格を引き上げたり、闇市での取引が活発化するなどで、よりものが手に入りにくくなり、物価が高騰するという皮肉な結果となったようです。
物の値段は、社会主義国家でもない限り国による統制は困難であるということを示した例でもあります。現在のインフレも、価格を抑制することは難しく今後も我々は受け入れていくよりほかにないようです。
もっとも、もし価格統制が行われるようなことがあればよほどのことが起きていると考えた方がいいのかもしれません。
参考文献
日本労働年鑑 特集版 太平洋戦争下の労働者状態
『福井県史』通史編6 近現代二
データベース『えひめの記憶』




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