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全振り経済の恐ろしさ(昭和20年)

  • 執筆者の写真: 拓 西島
    拓 西島
  • 7 日前
  • 読了時間: 2分

庭に雑草をはやしておくのももったいないので、ここ数年ほんの猫の額ほどの敷地ですが、野菜の苗を買ってきて植えてみたりしています。しかし、素人農業では満足な収穫もままならず、自給自足などというのは夢のまた夢です。であるからこそ、現代社会においては市場から必要なものを貨幣を用いて交換しあうという経済活動が重要なわけです。


今日は終戦の日。81年前の昭和20年(1945年)ポツダム宣言を受け入れて天皇陛下による玉音放送が流れた日です。ようやく戦争が終わり、人々は安寧な暮らしを取り戻したのかというと決してそうではなかったようです。


戦時中は投資が軍需産業に振り向けられて一般生活に必要な物資が不足したうえに、軍需景気によりインフレがおき、物価が上昇し庶民は法外な値段で闇市から生活必需品を入手しなければなりませんでした。


さらに敗戦によって生産設備が失われたために、昭和20年ごろの鉱工業生産指数は昭和10年頃の20分の1まで落ち込んでいたようです。さらに戦地からの帰還兵が復員したことによって需給バランスが崩れ、政府がどのような手を打ってもインフレを止めることができなくなってしまいました。


当時の消費における食費の割合を示すエンゲル係数は50%を超えていたという統計もあり、まさに食うや食わずの生活をほとんどの国民が強いられていたということが窺えます。


通常であればありえないような産業構造になってしまったがために起きた惨状と言えますが、戦争が人の判断を狂わせたことは間違いありません。二度とこのような過ちを繰り返さず末永く豊かな国であり続けることを思うばかりです。


参考文献

敗戦直後の日本の経済社会の状況(国民経済研究協会 歴史資料館)

戦後復興までの道のり(昭和館・特別企画展 展示構成より)

「大田原市史」後編 第二節 第二次大戦後の物価と市民生活



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