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外食はぜいたく品か?(昭和17年)

  • 執筆者の写真: 拓 西島
    拓 西島
  • 8月9日
  • 読了時間: 2分

私は「大衆食堂」というスタイルの食堂が好きで、外出先で見つけるとうれしくなってお昼をいただきに行っていました。お手軽な値段で、栄養バランスもよくて私のような独身男の強い味方でした。


しかし、最近は物価高でそうしたお店も見かけなくなってしまいとても寂しい感じがします。というよりそもそも外食自体の値段が上がりすぎて、スーパーでパンを買ってお昼を済ませることもしばしばです。できるだけランチ代を節約したい人間にとっては受難の時代です。


戦時中ももちろん外で食事をしなければならない人々はいました。昭和17年(1942年)に戦時下の食糧難をしのぐために成立・施行された「食糧管理法」では、米などの主要穀物類は政府がすべて買い上げたうえで、各世帯に配給することとなりました。しかし、それでは自炊が困難な労働者などは食料にありつけないということになってしまいます。


そこで採用されたのが「外食券」という制度です。「外食券」を所定の食堂にもっていけば一定量の食事ができるという仕組みです。(逆に言うと「外食券」がなければ外で食事ができない世の中だったということです。)ちなみに「外食」という言葉が一般に普及したのは、この「外食券」がきっかけだといわれています。


この制度は戦後も引き継がれ、東京都では低所得者向けの食事処としての「民生食堂」が生まれるきっかけともなりました。このような半ば公営のような食堂が安くて栄養価の高い「大衆食堂」の精神を受け継いでいるともいえます。


翻って現在、食料品の消費減税がにわかに現実味を帯びてきています。しかし、外食はぜいたく品であるという考え方から軽減税率の対象になっていません。しかし、歴史をひもとけば必ずしもぜいたく品ではないことは明らかです。なにか救済策がとられることを願うばかりです。


今後も安くて美味い店が生き残れるように。


参考文献

食糧管理法(日本法令索引)

「外食」の歴史(国立国会図書館)

『大衆食堂の研究』復刻HTML版 激動編*大衆の道、めしの道、食堂の道




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