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県を隔てた関門の突破(昭和33年)

執筆者の写真: 拓 西島
拓 西島
6 日前
読了時間: 1分

先日、熊本への行きかえり、関門海峡で休憩をとり門司港から下関側を眺めました。関門海峡は狭いところでは600m程度ほどで、頑張って泳いで渡ろうと思えば渡れそうに見えます。しかし潮の流れがとても速く熊でも泳ぎ切ることができず九州にツキノワグマが生息しない理由の一つであるといわれています。


本州と九州が陸路でつながったのは、昭和17年の鉄道の関門トンネル開通が最初でした。その後、自動車が普及して道路でもつながったのが昭和33年の国道2号線の関門トンネル開通です。


いまは新幹線の関門トンネルと中国自動車道と九州自動車道をつなぐ関門橋を加えた4ルートがあり、さらに5つめのルートとして新関門橋の検討もなされています。それだけ本州と九州の往来は盛んになったということが言えます。


関門橋の門司港側にあるめかりPAには、ふぐやミカン菓子など山口の産品が多く置かれています。いまやこの海峡の両側は花火大会が共催されるなどつながりを深め、観光地としても海峡の両岸を楽しむ人が多く訪れます。


まさにこのトンネルの開通を皮切りに県と県のあいだを阻む関門を突破し、県をまたいだ地域がともに発展する稀有な前例を作り上げたといえます。

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