自賠責保険は社会インフラ(昭和31年)
9月25日
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山口はご存じの通り車社会です。遠出をするときはもちろん、ちょっとした買い物や近所への用事にも車に乗っていくことが普通です。なので、駅前よりも街道沿いの方が交通量が多くにぎわっており、大きなショッピングセンターの駐車場はいっぱいです。
一度、地元の教習所で聞いたのですが、最も事故が発生しやすいのはショッピングセンターの駐車場なのだそうで、運転には細心の注意が必要です。
昭和30年代は、高度経済成長の始まりで自動車の保有台数も増えてきました。昭和31年(1956年)には交通事故死者数は6,000人、負傷者数は10万人を超えたそうです。その後、自家用車の普及とともに交通事故で犠牲になる人は増え、一時期年間1万人を突破し、交通戦争などと呼ばれていた時期があります。
ちなみに2025年の交通事故死者数は2,547人だそうで、これは長年にわたる法整備や道路設備の充実の賜物といえるでしょう。
しかし、自動車の出始めはノウハウもなく、不幸にも事故にあってしまった場合に、最低限金銭的補償が得られるように、昭和31年(1956年)に始まったのが自賠責保険の制度です。
昨年の関西万博ではかなわなかった空飛ぶ車の商用運航が2年後に始まるといわれています。完璧なルール作りが最初からできることはないと考えると、墜落時のもらい事故などを補償する制度ができることを期待します。




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